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1日いっぽ、もう一歩さきへ(開発教育・国際交流・ボランティア) > 2009年11月

公正社会,国際理解教材や研修,形式,方法,セミナー講座の紹介。ファシリテーター講師による演劇,ダンス,音楽,写真を用いた進め方、まちづくりやアートセラピーの手法も。毎日少しの積み重ねがいつか大きな変化につながりますように。

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国際交流の記録

今まで関わってきた国際交流の記録です。

【中学生】
 はじめてのパスポート。私の住んでいた宝飯郡がカナダのバンクーバーと姉妹都市の提携をしていて、宝飯郡にある4つの中学校とシアカムセカンダリースクールはお互いを行き来する交流を毎年続けていました。各学校5人前後が代表となり、全部で20人で宝飯郡中学生カナダ派遣団をつくっていました。
中学3年生の9月末から10月初めの2週間弱、ホームステイをしながら、現地の生徒と交流したり、バンクーバー・ビクトリア・ウィスラーなどを視察したりしました。
 私の世界が広がったきっかけであり、英語をもっと頑張りたいと決意したきっかけでもあります。

※ちなみに、弟は、行くのは嫌がりましたが、シアカムの生徒のホームステイ受け入れは、友達とならやりたいと賛同し、うちへもシアカムの生徒が来ました。

【高校生】
 私たちの高校に来ていた留学生のアンナという女の子と仲良くなり、茶道を一緒にやったり、クラスが違ったので関われる時間は積極的に関わるようにしていました。
 また、幼なじみのお家に留学生がホームステイをしていたので、ことあるごとに、一緒に過ごすことができ、拙いながらも、英語で話す楽しみがありました。
 高校2年の時、ハワイに家族旅行に行き、張り切って英語を使ったのに、ホノルル周辺の皆様日本語がお上手で…英語を使えなくて逆にもどかしい思いをしました。
 
【大学生~大学院生】
 大学4年間はとことん部活な毎日だったので、部活同期と行ったハワイへの卒業旅行が久々の海外でした。
 …がコンドミニアムに泊まり、ホノルルだけでなく、オアフ一周ドライブをしたり、マウイ島に行ったりしたため、日本語が使えない場所に行けてほっとしました。
 大学生活4年間アルバイトしていたところは、韓国人留学生が多かったので、バイト中がいつも国際交流という感じではありましたが、本格的に動き始めたのは大学院生になってから。
 
 地球市民アカデミアという開発教育のプログラムに参加し、スタッフとして関わるようになってからも毎年5月にアジア学院という、アジア・アフリカからの農村リーダーが、有機農業を学ぶ学校を訪れ、バングラデシュ・インド・フィリピンなど、アジアの方々の英語に触れることが多くなりました。
アジア学院⇒http://www.ari-edu.org/main.html

 「一人よがりの英語」は何の意味もない、伝わらなければどんな英語の知識も何の役にも立たないということを実感し、猛反省。
 コミュニケーションで大切なこと、ともに生きるとはどういうことなのか、設立者の高見先生にお話を伺う中で真剣に考える機会をいただきました。
 恵まれた自然の中で、自分は世界や人とどうかかわるのかを真剣に考えることができる、そんなアジア学院が私は大好きです。

 2005年夏休みには、友人の紹介で、オーストラリアのシドニーとメルボルンの間にあるファームで1カ月ファームステイを経験しました。大自然の中、平和について、社会について、真剣に耳を傾けてくれ、議論してくれるファームのお父さんとお母さんのおかげで、私は、自分の考えていることや、やっていきたいことを大切にしていいんだ!ということに気がつきました。そして、英語についても、どんな英語でも忍耐強く話を聴いてくれ、上手に伝わるように言い換えてくれたり手を差し伸べてくれたり、たくさんの自信をもらいました。
 この時はちょっと足をのばし、アリススプリングス~ウルルに行ってきました。オーストラリアにはほぼ全部の気候帯が存在すると言われていますが、ニューサウスウェールズ州から、ノーザンテリトリーに移った時、あまりの気候の違いにびっくりしました。 
 アボリジニの方にスーパーでお会いしたり、世界にますます興味を持ち、もっと知りたい、もっと関わりたいと思うようになりました。

 同じく2005年の秋に、JOCA(青年海外協力協会)が実施している、合宿セミナーというセミーに参加し、アフガニスタン青年と、平和構築について、熱く語り合いました。
 自殺者が3万人を超える日本は、「平和」だけど平和じゃない、ということを真剣に伝えましたが、爆弾が飛んでこないならそれは平和ということだ、と平行線の議論が続き、その中で、バックグラウンドの違いの大きさを実感しました。
 確かに、「戦争がなければ平和だとは言いきれない」という平和学のヨハン・ガルトゥング教授の消極的平和・積極的平和の概念は納得するけれど、実際爆弾が飛んできて、一瞬にしてすべてが崩壊してゆくのを経験した彼らからすると、それは到底理解できるものではなくて当然だと、後々になって、彼らの側に立ってみてはじめて分かることが多かったです。
 でも、イスラムの世界では、「自殺」は許されていない、自殺者3万人というのは異常だ、それは確かだということは彼らも言っていました。
 国を超えて、一つのテーマについて語り合うことで学ぶことや気づくことがあまりにも大きく、もっともっと話してみよう、そうでないと分からない、と感じるきっかけになりました。

 2006年の夏も、同じくオーストラリアのファームでファームステイをさせていただき、この年は、シドニーのユースホステルに泊まりながら、シドニー周辺をふらふら一人旅もしてきました。
 
 2007年は、内閣府の行っている討議セッションというコースに参加しました。これは、各国から青年たちが日本にやってきて、環境・教育・伝統文化・ボランティアなどいくつかのテーマに分かれてグループごとに深いディスカッションをするというもので4泊5日の間、徹底的に議論や現場視察をしました。
⇒ http://www8.cao.go.jp/youth/kouryu/boshu/tougigaiyo.html

 毎年、日本に来る国は異なるのですが、彼らはほぼ1カ月、日本にいるので東京観光をしたり、一緒に飲みに行ったりもしました。
 プログラムの一環として来てはいるけれど、私たちと何も変わらない普通の青年だということに気付き、彼らの考えていることに刺激をもらったり、逆に私のしてきたことが彼らの参考になっているのも分かり、とてもためになりました。

 2008年1月には、世界青年の船というプログラムの外国青年たちを、浅草観光に案内しました。

 2008年は、7月に、討議セッションのコース付き実行委員として、セッションに参加し、なにを話すのか、最終ゴールはどこにするのかなど、セッションの全体的な企画や運営をしました。
 そして10月~12月にかけては、東南アジア青年の船に参加者として参加しました。
 その時の記録は、http://sseayp35.net/ にありますので、よかったらご覧いただけると幸いです。

 2009年は、10月に、今年度の東南アジア青年の船の日本国内プログラムのディスカッションセッション(日本・ASEANユースリーダーズサミット)のボランティアコースの企画・運営に参加しました。
 
 2010年2月~3月にかけて、東南アジアの友人たちをめぐる旅に出る予定です。

 生身の人と関わらなければ本当にその国のことを知ったとは言えない、という尊敬する星野道夫さんの言葉が身にしみます。
 もっともっと知り合った友人たちと徹底的に関わり、理解し合い、国を超えて、つながっていきたいと思っています。

 
 
 

自己紹介

 小学校の時読んだマザーテレサの伝記と、中学校の時のカナダでのホームステイに大きく影響を受け、青年海外協力隊やNGOで働くことなどを夢見て早稲田大学に進学!!

 …ところが、大学で出会った「開発教育」と研究室の山西優二教授の人柄&生き方に感銘を受け、「私のやりたかったことはこれ!!」と実感し、開発教育をライフワークにしようと心に決め、毎日を過ごしています。

 大学の卒業論文は、音楽を通した平和教育の可能性について、ほぼエッセイのような論文を書き「熱意だけで合格!」(by山西先生)。。。

 そのまま大学院に進学し、教育学を専攻しました。
 主には国際理解教育、開発教育が専門になりますが、学校心理学やカウンセリング等の勉強にも興味を持ち、勉強をしました。

 大学院の勉強とは別に、開発教育プログラムである地球市民アカデミアに、2005年度12期生として参加し、それ以降、2008年度まで、運営委員(スタッフ)として開発教育プログラムの企画・運営に参加しました。
 2006年度は日産のNPOラーニング第9期奨学生として、神奈川子ども未来ファンドというNPOでインターンをさせていただき、2007年まで事務局スタッフとして様々な経験をさせていただきました。

 2007年度は、修士論文を書きながら、拓殖大学の国際開発教育ファシリテーター養成コース第4期生として通い、7月に、内閣府の討議セッション2007にボランティアコースとして参加しました。

 修士論文テーマは、
「開発教育におけるファシリテーターの役割とその方法~地球市民アカデミア・関西NGO大学の事例をもとに」
 というもので、議論をまとめたりするという一般的な「ファシリテーター」の役割に加え、教育現場、特に開発教育の現場で必要となる資質や役割とは何なのか、効果的な実践だと評価を受ける2つのプログラムの比較・分析を通して考察しました。

 2008年度は、以上に加えて、7月に内閣府の討議セッション2008のボランティアコース実行委員をやらせていただき、10月に第35回東南アジア青年の船にJPYとして参加させていただきました。
 ⇒HP随時更新中です。
 http://sseayp35.net/

 2009年度は、今までのつながりをもう一度大切にし、再スタートを切るための準備期間の1年にします。3月に青年の船の報告会を行い、7月に第36回東南アジア青年の船事前研修のお手伝い、11月には、日本・ASEANユースリーダーズサミットボランティアディスカッションコースの実行委員を行いました。

 2010年4月からは愛知県の私立高校で英語科の教員として勤務します。開発教育にとても力を入れている学校なので、自分自身も学び続けることができそうで楽しみです。

 将来的には、
・フルブライトの語学アシスタントプログラム(英語教授法)かトロント大学へ留学(環境教育もしくは、ESD)、もしくはオーストラリアで異文化コミュニケーションを学ぶか。。。
・青年海外協力隊で東南アジア(青少年育成)
・海外日本人学校へ赴任
・教育格差をなくすため地元で塾へ行けない子たちに、ボランティアで自宅塾を開催する。
・地域に住む在日の方への生活・日本語サポート
・留学生のホームステイの受け入れ

 などを考えています。

 フォルケホイスコーレ・市民大学など、働き出してからも人が学び続け、社会を少しでもよくするために参画していけるような学びの場づくりにとても興味を持っています。

 キーワード
 開発教育 地球市民教育 国際理解教育 国際教育 平和教育  英語教育 シュタイナー教育 グローバル・スタディーズ 参加型学習 地球市民アカデミア 神奈川子ども未来ファンド アジア学院 東南アジア青年の船 討議セッション ボランティア 国際交流 国際協力 パウロ・フレイレ イヴァン・イリイチ D・セルビー ミヒャエル・エンデ  セルフエスティーム セルフエフィカシー 他

ボランティアの記録

 初めてボランティアをしてから関わってきたことの記録です。

【~中学生くらいまで】
 中学校:老人ホームでのボランティアを生徒会が企画してくれたのでそれに参加!利用者さんと一緒にお話をしたり、お庭の草むしりをしたり、友達と一緒に参加しました。また、知的障がいを持つ子どもたちの養護学校に行き、レクリエーションボランティアも経験させていただきました。
 「ボランティアは人のためではなく、ほかでもない自分のため」ということを悟ったのがこの時期です。利用者さんの「ありがとう」という言葉でどれだけ自分が幸せになるか、自分が役に立っていると思えることがどれだけ自分を元気にしてくれるかを気づかせてもらいました。今にいたるまで自分がボランティアに関わり続けるのは、間違いなく、この時期の経験が大きいと思っています。
 ガールスカウト:ガールスカウト愛知県101団で、老人ホームへの訪問、クリスマス会での歌とお菓子などのプレゼントをしました。
 ※他に、母もボランティアが好きなのでくっついてあれこれ小さい頃から参加していたらしいです。
  小学校では毎年5月30日前後の日曜日に「530(ゴミゼロ)運動」として、通学班で通学圏のごみ拾いをしていました。
 

【高校生】
 私の通っていた時習館高校では、校内にボランティア委員会を設けていたので、毎週一回のランチミーティングに参加し、豊橋市内の児童養護施設にレクリエーションのボランティアに行ったり、障がいを持つお子さんとお母さんと一緒に豊橋にある動物園に行ったりしていました。
 もっとあれこれできないかと、自分で長期入院する子どもたちの学習ボランティアもできないかと病院を訪ねたりしましたが、窓口のない中自分で切り拓くのは大変で、断られてしょんぼり…ということが多々ありました。
 本当は青年海外協力隊や、NGOの活動に参加したくて仕方なかったのに、地元ではそのような活動の情報も得られず…。
 やりたいのにできない!というフラストレーションを抱えていたのもこの時期でした。
 実家に帰ってやりたいことの一つが、「情報のない地域にきちんと情報と、参加できるチャンスをつくる」ということです。
 やりたいという気持ちと行動力があっても、チャンスがなければその芽は摘まれてしまう。。。自分が苦しかったその思いをこれからの子どもたちに味わってほしくないからこそ、東京で得てきたことを、地元に還元したい!という気持ちが強いです。

【大学生~大学院生】
 高校までのフラストレーションをかき消すかのようにあれこれ手を出しすぎたのがこの時期です。全部ではないですが、関わってきたものを記載します。

・「ふる里あったかとお」に関わるゼミの先輩の紹介を受け、学習院初等科の子どもたちの自然キャンプにキャンプリーダーとして他のゼミの子たちと参加!子どもたちと触れ合う中でわが身を振り返り、人として大切なことは何かを考える。
⇒ http://attakato.exblog.jp/7853309/

・「シャプラニール~市民による海外協力の会」の会員になる。
 何かやりたいと思って事務所に行くと、立ちあがったばかりというネパール支援のグループに声をかけていただき、ネパール関係の勉強会に参加したり、イベントのお手伝いをさせてもらったりする。ボランティアは好きだからこそやるもの、という思いを強くする。
⇒ http://www.shaplaneer.org/

・山西ゼミの先輩たちが中心となって企画した「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第3番」の上映と、「平和の文化について考えるイベント」の運営に関わらせてもらう。先輩たちの「思い」を「行動」にする力のすごさ、思いの強さに感激する。
⇒ http://www.gaiasymphony.com/

・東京浅草下町にある「山谷」の野宿者の方々への支援活動(隅田川医療相談会)に関わらせてもらうようになる。主に第3日曜日に行われているボランティアの医師&看護師さんの診察のお手伝い(問診)や炊き出しや配給の準備などに関わらせてもらう。そこで出会ったおじさんとの交流・おじさんの死などを通して、「人の尊厳」とは何かを深く考える。

・ 「地球市民アカデミア」という開発教育プログラムの運営に関わる。1年間の開発教育のプログラムづくり(講師を誰にして、どんなスケジュールでどんな話をしてもらい、その後そのお話をどう参加者の具体的な行動へつなげていくのかを考えて実行する)にどっぷり参画し、JICA地球ひろばに週1回以上出没することを繰り返し、議論を重ね、人が変化できる学びの場、社会を変えていく可能性を実感し、「やってみよう!」と具体的なアクションにつなげられる学びの場づくりを模索する。
 アカデミアとの出会い、アカデミアでの経験、アカデミアでできた人のつながりが、たぶん今までで一番劇的に自分を変化させてくれたと思っています。これがなかったら今の私は絶対にありません。
⇒ http://academia-gc.org/
(12期~15期までが関わった期です。)

・ パートナーが青年海外協力隊経験者でOB会の会長もしていることから、OB会としての活動(児童養護施設へのレクリエーションボランティアやJICAのエッセイコンテストのお手伝い)などにも関わらせてもらう。

・ 杉並区の中学校で英語科の学習支援ボランティア(TA)として授業に参画する。家庭環境によって、子どもたちの集中力や学校での授業への参加度合いがまったく違うことを身をもって実感。子どもたちが学習に専念できない状況は途上国だけではなく、日本でもまったく同じ状況で起こっていることを知る。

 その他、お声かけをいただいたところにはどこにでも出没しています。ワークショップの企画や、学習支援ボランティアなど。。
 とにかく自分の目で確かめ、同じ目線に立つことでしか、何が起こっているかは分からない!ということをモットーに、フットワークかるく、どこへでも行きました。
 そこで学ばせてもらったことが、すべて自分の中に生きていて、本当にボランティアをさせてもらったことが自分をつくってくれていると実感しています。ただただ、感謝です。

 

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