昨日は、後輩(私たちが4年生のときの1年生)の定期演奏会でした。
私たちにとっては、卒業して3年目、実際に一緒に活動した子たちの最後の学年。
思い入れも人一倍。クラシック→ポップス→ドリル…、もう最初から、うるうるでした。
ほんっとに、みんな上手になってたね。
ほんとに。
ただそれだけじゃなくて、よく、あれだけ多忙な中、あれだけのものをつくったね。
頑張った。ほんとに、頑張ったね。
1年生の顔してた子たちが、年々、先輩の顔になって、親の顔になって、後輩を気にかけるようになっていく。
人って、そうやって、成長していくんだよね。
応援部って、自分が成長してないのに、あっという間に、先輩になって、「立派」にならなきゃいけなくなる。
自分はまだまだ、そんな尊敬されるような存在じゃないのに、そういう存在に、部活で仕立てあげられてる感が、苦しくて仕方なかった。
でも、その中で、悩んで、悩んで、自分を探していくんだよね。
私の1年生のときの、2年生、3年生、4年生の先輩たちに見守られながら、そして、私が、4年生のときの、3年生、2年生、1年生に支えてもらいながら、自分の位置を、探していくんだと思う。
そういう成長を見守ってもらえるからこそ、人は成長していけるのかな、なんて…。
育ててもらった先輩と、支えてもらった大好きな後輩の子たちのことを思いながら、いろんな思いを胸に、定期演奏会を聴いてました。
体調を崩して、今日は点滴にお世話になったくらいのぼろぼろな体だったけど、昨日の、あの時間があったことで、私は、心っから、元気になりました。
音楽って、人をわくわくさせるよね。
人が生きていくには、そういうわくわくどきどきすることって、とっても大切だって、私の修論の副査の増山先生が書いてました(そういう気持ちのこと、アニマシオンって言うらしい…)。
人と合わせる喜びがあるから、毎日頑張って自分の腕や、自分を磨いていく…。
そして、ずーっと一緒にやれるわけじゃないからこそ、一年一年を大事にして、一生懸命練習する。
大事なことだよね。
今一緒にいる人と、ずーっと一緒にいられるわけじゃないっていう、その時間の感覚。
成長を見守って、支えてもらえる場があること。
何よりも、人と一緒に何かをすることの喜びを、感じられること。
これを知ってるだけで、人生って、ほんと、おもしろく、素敵になるような気がします。
修論やる意味が、改めて見えてきた気がします。
卒論でエッセイのように、書いたこと「平和に向けて音楽ができること」→もっと現実的に、修論で書ける気がしてきた…。
つながってるんだね。
そして、きっと、一生おんなじようなテーマを追求してくのかな。
とにかく、本当に、嬉しくて、ありがたくて、大好きって気持ちでいっぱいな時間でした。
出会った人たちと、これから、一緒に、お互い高めあっていけるような関係をつくっていきたい。
一生ものの付き合いにしていきたい。
改めて、3年前の定演のトミーじゃないけど(笑)、一緒にいてくれるみんなに「ありがとう」「これからもよろしくね」☆

