懐かしかったので、タイトルにしてみました。
これは、学部2年生のときの、山西特論(教育学特論2)で一番印象に残ったもの。
戦争などによって、文字を学ぶ機会を奪われてきた人たちが、夜間中学や、識字学校などに通って文字を自分のものにしていく、その過程の中で、ある一人の方が、書いたものです。
この回の授業は、本当に「はっ」とした気持ちと、共感する気持ちで、なんともいえない思いを持ったことをよく覚えています。
今ブラジルで識字教育に力を入れて取り組んできたパウロ・フレイレという人の本を読み返していて、『自由のための文化行動』という本の後ろに、横浜の寿識字学校の大沢敏郎さんの言葉が載っていたので、そのことから、この言葉をはっと思い出しました。
この「はっ」とした思いの中身は…
「国際協力だー」って心のどこかで燃えていた自分に、「こんな身近なところにあることに気がつかないで、私何してるんだろう…」という衝撃。
あと、自分が自分に自信を持てないときは、美しいものを見ても、本当に美しいとは思えなかったけれど、自分は自分でいい!と、自分をしっかり見つめて、向かい合えるようになってから、本当に美しいものを美しいと思えるようになったという自分自身の経験から…。
すごく共感できたこと。
この二つでした。
ものすごーくよく覚えてます…。
今でもやっぱり、この衝撃と、このことで自分の中に芽生えた思いは続いていて、自分の心のフックに、引っかかっているんだと思います。
普段当たり前に使っている文字。
当たり前すぎて、それがないことに気がつかなくなってしまっている文字。
海外の識字率の問題などは、開発教育のワークショップなどでも取り入れられることが多くて、文字が読めないことで薬と毒と見分けられないというロールプレイや、市場で法外な値段を請求されるということは、よくアクティビティで取り上げられるもの。
海外にはすごく目を向けてきていたのに、やっぱり、文字が使えることが当たり前という環境の中にあって、文字を奪われてしまっている人たちのことには、なかなか目を向けることはできていない。
日本において「文字が読めない」ということを、想像することさえ、なかなかできない。
たまに読み返しては、「はっ」を繰り返してます。
文字、それは、物理的に、読めないことで困る場面も多くある。
でもそれ以上に、文字を奪われるということは、自分を表現する手段を奪われるということ。
自分をちゃんと、世界に向けて、発信していく手段を、得られないということ。
文字を表現することで、客観的に自分を見つめなおすことができる。
それは、フレイレの言葉で言えば、自分が世界に埋没してしまっている状態から、自分を客観視して、変革できる状態へと変化させていくこと。
人が、尊厳を持って生きられるようにするために、なくてはならないもの。みんなが同じ位置に、立つために、持っていないといけないもの。
海外に行ったときに、母国語じゃない言葉の環境で感じること。
それは、自分を表現できない苦しさ。
自分はちゃんと意見を持っている一人の人間なのに、その意見を上手に発信できる手段がないために、「意見を持っていない」とみなされてしまったり、ただそれだけで、無能であるかのように振舞われたりしてしまう悔しさ。
意見、持ってるんだよ。
こんなにたくさん。
言いたいこといっぱいあるんだよ…。
って。
いろんな友達と話していて、みんなそういう思いを持っているんだなーって実感。
だからこそ、分かる気持ちが、たくさんあるんだろうな、って改めて感じました。
人の心に共感するためには、想像するためには、そういう経験があるとないとで、全然違う。
英語が公用語として使われる中で、母国語じゃない日本に生まれて、こういう思いを経験できたこと、すごくありがたかったなと、今年の春、アジア学院(ARI)にて、校長先生の高見先生のコラム(アジア学院の英語は、優劣をつけるための英語じゃなくて、共に生きるための英語であるという内容のもの)というのを読みながら、改めて実感をしました。
文字を、言葉を使うとき、ふっとそんなことにも、心を傾けていけたら、と思います。
自分が話せちゃうと、がんがん話したくなっちゃったりする部分があったりするけれど、それは言葉を過信しすぎで、本当のコミュニケーションを奪っちゃう。
相手を本当に尊重するということは、その言葉にならないその人の存在そのものから、どれだけその人を感じ取って、大事にしていけるか、ということなんだよね。
言葉になってなくたって、その人の存在価値は、まったく変わらない。
美しいものを、美しいと思える権利。
それは、居・食・住、それに、自分が自分でいることを認めてもらえる場所があること。
つまり、自分が自分であってはじめて美しいものを美しいと思えるのだから、文字を学ぶことは、人が人であるための、最低限の権利。。。なんだよね。
それをみんなが保障されるために。。。

