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人生の師 - 1日いっぽ、もう一歩さきへ(開発教育・国際交流・ボランティア) > 生き方に関すること

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人生の師

 今日はゼミの発表でした。

 修論の発表。

 気が張り詰めすぎていて、今終わって帰ってきて、ほうって息が抜けちゃいました。

 これからなんだけど、でも発表はパワーのいるものなのです。

 発表前は、どきどき、逃げ出したくなるくらいの思いをするけれど、でも、終わってみると、ほんと、感謝だなあと思います。

 自分の書いた文章を、伸ばそう、よいものにしようという視点、批判的な視点で見てもらえることなんて、本当にそんなに多くなくって。

 自分のめいっぱいの表現をそうやって見てもらうことで、一人よがりの文になってたり、甘かったりする部分をちゃんと指摘してもらえて。

 ライフワークとしての研究なだけに、やっぱり自分を振り返る大事な機会になります。

 最初は、本当にゼミがこわくて嫌で嫌で仕方なかったけれど、あるとき、ゼミの博士の先輩が、「修論って、相手が本気でやってくればくるほど、こっちも本気になるから終わったあとはどっと疲れがくる」って言ってたのを聴いて、すごくはっとしました。

 だって、他人の研究をよくするために、体つかってそんなに真剣にやってくれるなんて、普段の生活の中ではありえないことで、しかも、そうやって見てくれる先輩もいなかったらアドバイスももらえないわけで、本気で私のためを思って言ってくれる人がいる環境、本当に、ありがたいなあと思います。

 言葉には、ありのままの自分が出るから、自分の信念は、隠せない。
 だからこそ、苦しい時間でもあり、ありがたい時間でもあるんだなと思います。

 部活の先輩もそう。

 先生もそう。

 そんなことを思ったとき、自分に大きな影響を与えてくれた先生たちの顔がふっと浮かんできました。

 私の生き方に、かけがえのない、大きな影響を与えてくれた先生は今までで3人います。

 1人目は、小学校6年生のときの担任の道奥先生という先生。
 顔は、自他共に認める「やくざ」(笑)
 関西弁で、おもしろい人だけど、ほんっとにこわくて。
 ちょっとでも度が過ぎるとものすごい勢いで怒られて、それに抗議して、授業ボイコットしたこともあった気が…。

 でも、お子さんが重度の障がいをお持ちで、本当に、当時まだ教員でも理解している人は少なかったLD(学習障害)や、ADHD(注意欠陥他動性症候群)など広汎性の発達障害にもすごく理解があって、本当に子どもたちのいのちに対する限りない愛情を持っている先生でした。

 クラスに一人、やっぱりコミュニケーションの苦手な子がいて、みんながからかっていたとき、本気で怒ったこと。忘れられません。

 一時間使って、その子のことについて、話してくれたこと、クラスみんなでその子の側に立って、一緒に、成長していけるように、協力を求めたこと、忘れられません。

 2人目は、中学3年間担任を持ってもらった正夫先生。

 本当に、友達みたいな先生。
 私たちがもってもらったときは、本当にまだ若くて、生徒とおんなじ。
 ノリもいいし、かっこいいし、3年間もってもらった子は、すごくうらやましがられるくらい。

 でも、それだけじゃなくって、一番先生を尊敬してるのは、他の先生や地域の中で「問題」とレッテルをはられがちになっている子の本当の姿を引き出してくれる先生だったこと。

 校則は守らなかったかもしれない。
 夜中遊びまくってたかもしれない。
 おとなしい子から見ると、こわかったかもしれない。

 でも、「あいつら決して悪いやつじゃない」が口癖。

 徹底的に、その子たちと話し続けた先生。
 何かあれば、夜でもその子たちのもとへ飛んでいった先生。
 長くいても、どの生徒も平等に、親身になってくれる先生。

 何より、子どもたちを信じてやまない先生。

 「問題」としてしまったら見えなかったその子たちのあったかさやいいところをめいっぱい引き出してくれたから、私は、決して、その子たちに対して、嫌な感情を抱かなかったし、今でも、どの子を見ても、表面だけで判断することは絶対にない。

 こういう価値観は、弟からも学んだ部分、大きかったけれど、でもやっぱり正夫先生の影響は大きいなあ。

 教員になって一番やりたいこと=生徒指導・進路指導。一人ひとりの子どもたちのよさを、引き出していくこと、それぞれの子どもたちの持つ可能性を、引き出し、信じ続けていける場としての教師になりたい。
 こんな夢も、ここから来た部分が多いかも。

 3人目は、今の研究室の山西先生。
 かれこれ今年で5年もお世話になっております。

 今、本当に、先生ってすごいって思う。
 やっている研究分野が私のやりたいことにストレートに当てはまるというだけでなく、教育者としての姿勢に、本当に頭が下がります。

 教育を言葉で語れても、実際に、それができていない先生も多い。
 でも、先生は言ってることとやってることに、矛盾がない。

 どんなときでも、目の前にいる人に、めいっぱい真剣に向かい合おうとする態度。絶対に見捨てない態度。
 心から向かい合おうとしているか、形式だけかって、学生は分かるんだよね。だって、表情や、言葉の選び方、その場の持つ雰囲気、言葉以上に、それらすべてが表現するんだもん。

 深い愛情と、厳しい目線。
 本当に、尊敬です。

 同じように研究をしていても、人生における見方などまで一致するってことはそう多くないのに、すごく、すごく、価値観とか、近いものを感じる部分が多くて、本当に、「師」だなあって思います。

 広く世界を見つつも、地に足をつけて、目の前にあることを忘れない態度。
 人だけじゃなく、世界のすべてに対する慈しみを持った態度。

 私もそういう人になっていきたいです。

 こうやって、いろんなことを考えれば考えるほどに、今までの出会いがあって、今の自分があるんだということに気がつきます。

 一つひとつ、やってくることに、感謝しながら、毎日を生きていきたいです。

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