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わたしのゆめ - 1日いっぽ、もう一歩さきへ(開発教育・国際交流・ボランティア) > アカデミア

公正社会,国際理解教材や研修,形式,方法,セミナー講座の紹介。ファシリテーター講師による演劇,ダンス,音楽,写真を用いた進め方、まちづくりやアートセラピーの手法も。毎日少しの積み重ねがいつか大きな変化につながりますように。

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わたしのゆめ

この前のアカデミアの帰り、運営委員何人かと、お店によって、いろいろと話しました。

 運営委員会と、メール含めて、3日に1度くらいは最低連絡取り合ってても、それでもやっぱり話し始めると、話は尽きないものです。

 運営委員一人ひとり思い浮かべながら動物にたとえたら何になるだろう…とか、その話もかなりおもしろかったのですが、それ以上に、楽しかったなあっていうのが、自分の夢について、話したこと。

 この年になって、自分の夢って語ること、そんな多くはないけれど、でも、いつまでたっても、夢、持ってていいし、夢を持ってるのって素敵だよね、って話をしてました。

 一人ひとりの夢、すごく素敵だった。

 そして、今やってること一つひとつが、その夢のための、きっと、どこか何かに結びついているんだろうなあって思うと、また素敵。

 修論に追われてる中で、そうやって、自分の足元を見つめなおせる機会が持てて、忙しい中でも、「どうして自分は今やってることを続けてるのか?」という原点に戻れた気がします。

 最近よく考えているのは、こうやって、グローバリゼーションが進む中で、いろんな問題が出てきてて、それに対抗していけるのは、一体何なんだろうって。

 貧困とか、格差とか、環境問題とか、もっともっと個別に考えていくと、次から次へとカットされていく、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の保障たち…(最近中学生の公民教えてたため、ばっちりです)に対して、何をしたら、この状態に変化を起こせるんだろうって。

 私が修論で扱っているテーマも、まさにそれ。
 どうしたら、今の社会を動かしていけるんだろうって。

 最近、結論章に近づくにつれて、ようやく、一つ、自分の中で、自分なりのアプローチの仕方を、見出すことができるようになってきて、それと、自分の中にある「夢」が一致してることに、気づいてきて、今さらになってようやく「研究っておもしろいかも…」と思うようになりました。

 
 私のゆめ、それは、この世に生きてるすべての人が、生き生きと、自分を生きられること。自分の人生に、生きていることに、意味を見出せるような世の中にしていくこと。

 そういう社会にしていくために、おんなじ気持ちを持った人と、エンパワーし合って、今の社会のどこかから切り込みを入れていけたらいいなって思う。

 それが社会起業という形でも、教育という形でも、NPOみたいな市民活動という形でも。

 前に山西先生が言ってた。

 今の世の中なんて、本当にもろくて、変えたいと思う市民の力が、一定以上に達したらすぐに壊れるって。

 最近本当にそうなんだなって思います。
 
 いろんなところに出て行く度に、いろんな方向から社会をよくしようとしている人たちに出会うことができて、こんなにたくさんの人が社会をよくしようって頑張ってるんだって思ったら、すごく勇気が出てきてました。

 自分だけが動く必要はなくて、自分が全部をやる必要もない。
 むしろ、自分だけがやってるとか思ったら、社会は変わっていかないんじゃないかなって。

 一緒に頑張ってる人たちと、お互いを認め合って高めあって、仲間だって感じあって、いきたいなって、思います。

 研究をしながら、つぶし合う研究じゃなくて、生かしあう研究をしたいって、すごくすごく思いました。

 一緒に活動をしていく中で、コンセンサスが取れないっていう苦しさは、逆に上手に生かしていったら、ハーモニーに変わっていくっていう可能性を持ってるってこと。

 それだけエネルギーがあふれてるんだもんね。
 
 そのエネルギーを上手にお互い生かしあっていきたいなって、日々そんなふうに感じてます。

 ぶつかったり、苦しんだりを繰り返す中で、人って分かり合っていくし、良いお互いの生かし方を学んでいくんだろうなって思う。

 いい社会にしようって、一番「弱者」にされてしまう人たちの側に立とうって頑張っている人たちと、もっともっとつながって、いきたいなって思います。

 そういう希望が持てるような、「自分でも社会を変えていける!」ってどきどきわくわくするような学びの場を、つくっていきたいです。

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